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・江湖渡世のひみつ


登場人物紹介
人々 狄地恩  ・  李蟹汰  ・  欧陽通  ・  ムサビー

狄地恩  :武林に名高い老英傑。
      人呼んで「輝頭進士」。
李蟹汰  :八足派刀法の使い手。若き義侠の士。
      人呼んで「如意鋏」。
欧陽通  :李蟹汰を追って江湖を渡る女傑。
      人呼んで「夜叉小后」。
ムサビー :妖怪。



 暑気もさめやらぬ九月の午、一人の男が涼を求めんとて飯場
の軒をくぐった。李蟹汰である。腰に佩する一振りは、見る者
が見れば倭刀と知れる。倭刀は細身で反り浅く、まず例外なく
鍛えはいい。その立派な黒漆の造りは李蟹汰のみすぼらしい風
体の中で異彩であった。

「冷えた酒をくれ。食い物は適当でいい」

 給仕に言い放つと、李蟹汰はどっかと椅子に腰を下ろした。
それを見つめる老人が一人。飯場の奥まった席で手酌をしてい
たが、入ってきた男を李蟹汰と見ると、ひとつからかってやろ
うと席を立った。「輝頭進士」こと狄地恩である。

「お若いの、同席してよろしいかな」

 酒の入った壺と小振りの椀を手に狄地恩は李蟹汰に声をかけ
た。身にまとわりつく暑気を払うべく手扇を振っていた李蟹汰、
見れば読書人風の老人がにこやかに立っている。断る理由もな
し、椅子を引いて迎え入れた。

「どうぞ、ご長老。手前のような若輩でよろしければ、ぜひと
もお相手させていただきたい」

「や、これはすまんの」

 と、狄地恩、腰を下ろし、続けて、

「見ればたいそうな業物をお持ちのようじゃが、なにか武芸を
たしなんでおられるのかな」

「ええ」と答えて李蟹汰、「手前、未熟ながら八足派の門徒に
名を連ね、いささか功夫を積んでおります」

「ほう、ほう」

 と笑う狄地恩、実はこの男も八足派の門弟である。李蟹汰の
師とは兄弟弟子の間柄で、狄地恩が兄弟子だ。李蟹汰とも面識
はあるのだが、なにぶん幼年の頃に二度三度と顔を見たのみな
ので、李蟹汰はそれと気づかない。
 狄地恩は李蟹汰が自分に気づかぬとみて、さらにからかおう
と心に決めた。

「八足派。はてさて、いったいどのような門派かな。聞いたこ
ともない。こういっては失礼だが、武林にはそれこそ有象無象
の木が生える。なかには朽木もあれば冬枯れする草もあろうな」

 これには李蟹汰も顔色を変えた。

「ご老人。なにがおっしゃりたいのか、手前にはわかりかねる」

「わからんか。わしは、おぬしの流派を馬鹿にしているのだよ」

 李蟹汰は椅子を蹴って立ち上がった。

「ご老人、手前、修行も浅く、八足派の門名を汚しております
が、かような侮辱は看過できぬ。どうか撤回していただきたい」

 狄地恩はいきりたつ李蟹汰に目もくれず、酒壺から椀に一杯
そそぎ、ちびりちびりとやりはじめる。

「おぬしの腰の物は飾りか」

「何と」

「打ってこいと言っておるのじゃ。わしは、ほれ、この壺と椀
だけで充分充分」

 李蟹汰は倭刀を抜き、一息に打ちかかった。もとより命を取
るつもりもない。少々おどして、老人に仕置きをするつもりだ。
切っ先が狄地恩の左手の、酒壺に向かって飛んだ。
 が、李蟹汰の視界は急転、木の板でふさがれた。狄地恩が足
で目の前の机を蹴り上げたのだ。李蟹汰は倭刀の軌道をとっさ
に変え、机を両断した。
 そこへ、割れた机の影から伸びるようにして手が――椀を持
ったままの手が伸びる。正確に額の急所を狙った一手に、李蟹
汰はあやうく飛びすさった。そこでようやく、両断された机が
音を立てて地に落ちる。見れば、狄地恩の手の椀には、先ほど
の動きにもかかわらず酒がなみなみと残っていた。狄地恩はそ
の酒をぐいと飲み干す。
 どうやらただの酔客ではないと見て、李蟹汰は右手の倭刀を
八相に、左手で結んだ剣訣を青眼に、それぞれ構えた。
 八足派刀法、「泰山盤石」の構えである。

「ご老人、得物は」

「先だって言うた通り、この壺と椀で充分」

「ぬかせ!」

 と李蟹汰、今度は本気で打ちかかる。その倭刀から放たれる
手は、八足派刀法「蟷螂捕蝶」の突きから「深山風」の払い、
そして「永鳴禽」。刺突と斬打の流れるような技のつなぎは、
倭刀の特質を最大限に生かした会心の冴え。
 しかし、狄地恩はそれらの剣撃を、左手の酒壺のみでことご
とくいなす。鎮、鎮と小気味いい音をたてて倭刀を弾くその様
は、とても安物の陶器とは思えない。斬撃の力のそれるわずか
な点を正確に捉えているのも無論だが、なにより狄地恩の内功
の充実がそれを可能にしていると李蟹汰は見て取った。

 ――ならばその壺を奪うまで。徒手では倭刀をいなせまい。

 李蟹汰は倭刀で「鳥酔扇」を打つと見せかけて、それを弾き
に来た壺を、剣訣を結んだ左手で狙った。倭刀を引いた勢いで
半身をひねり繰り出すその手は、八足派拳法奥義「尸心掌握」。
これは堪らぬとみた狄地恩、とっさに右手の椀を李蟹汰のみぞ
おちへと「箭弾法」の投法で投げる。十分に内功の籠もった重
い一投だ。これには李蟹汰が逆にあわてる。伸ばした手を引っ
込めて、身をよじって避ける。李蟹汰の身体をかすめた椀は、
砲弾のような勢いで飯場の土壁を突き崩し、外へと飛び去る。
二人の戦いを泣きながら見ていた店主は、さらに涙を地に落と
した。

「わしが思ったより功夫を重ねているようじゃの。感心、感心」

 椀を失った狄地恩が、酒壺から直に、酒をぐいと呑む。
 無言で答えた李蟹汰は、乱れた呼吸を調息して落ち着かせる。
さてどうやってあの壺を取り上げるかと思案するところへ――。
 狄地恩が酒のなくなった壺を自ら投げ捨てた。
 勝負を捨てるつもりかと李蟹汰が言おうとする、その意が口
に届く前に、狄地恩は李蟹汰の懐へと一足飛びに飛んでいた。
なみなみならぬ軽功である。ぎくりとする李蟹汰が距離を置く
より速く、狄地恩は「追燕」の三手で打ちかかる。必死に受け
る李蟹汰の左手は、そのつど鉄槌で叩かれたかのように痺れた。

 ――内力が違いすぎる。しかし、それにしてもこの手は――。

 「追燕」三手を受けきった李蟹汰は、考える前に後ろに跳ぶ。
それまで李蟹汰の喉仏のあった場所に、刹那に遅れて狄地恩の
「消焔」の突きが入った。外したとはいえ、狄地恩の掌圧が、
投石のごとき衝撃でもって李蟹汰の喉を打つ。鳥肌が立った。

 ――この手は、まるで八足派拳法そのままではないか。

 喉をさすり、つばを呑む李蟹汰。もし、狄地恩の技の流れが
八足派の同門と重ねた組み手の通りでなかったら、――それゆ
え身体が自然に察していなかったら、李蟹汰の喉には大きな風
穴が開いていたであろう。
 だが、李蟹汰が疑問を深く考えるより速く、狄地恩は八足派
拳法で攻めを重ねてきた。相手がどうやら同門の技を使うと気
づいた時点で、李蟹汰は身体の力が抜けた。功夫の冴えはいか
にも狄地恩が上だが、李蟹汰は倭刀を握っている。それで互角。
 二人の打ち合いは十数合にも及んだが、果たして決着はつか
ない。両雄、飯場の中を転々としながら移動し、ついに元の場
所へ戻った。

 ――これだ!
 李蟹汰は、自分が蹴倒した椅子を足に引っかけ、自分と狄地
恩のあいだの宙に軽く浮かせた。はて、と警戒する狄地恩。
 その椅子を砕き散らして、右から倭刀が狄地恩を襲った。

 ――ただの目くらましか!

 狄地恩は、いまだ宙に浮いたままの椅子の足を掴み、内力を
込めて打ち振るう。それで十分に倭刀を弾ける――。
 ――だが、何と言うことだ、右から来ているはずの倭刀が、
左から狄地恩を襲っている!
 これぞ李蟹汰の編み出した奥の手、その渾名の由来となった
「如意鋏」――右から振った倭刀を、恐るべき速度でもって左
から返す、まさに必殺の技。あまりの神速に、返す前の右の斬
撃が切断力のある残像となって相手を挟みきる、絶技である。

「見事!」

 ああ、だがしかし、すさまじい唸りをともなって閉じられた
鋏のそのあいだに、狄地恩はいない。八足派絶技「八足」――
門派の名を冠するその技、刀法でもなければ拳法でもない、
「歩法」の絶技でもって、狄地恩は李蟹汰の側面へと回り込ん
でいたのだ。
 狄地恩は内力を籠めた椅子の足を八相に、左手で結んだ剣訣
を青眼に、李蟹汰と相対した。
 正しく八足派刀法「泰山盤石」の構えである。
 おのれの最大の絶技を破られた李蟹汰は、息を吸う間もなく、
狄地恩の「蟷螂捕鳥」「深山風」「永鳴禽」の連撃を受けた。
立ち回りの最初の技をなぞったのは、狄地恩なりの、李蟹汰へ
対する意趣返しである。同じ技とはいえ、狄地恩の八足派刀法
は長年の功夫を極め、すでに至純の域だ。かろうじて受けきっ
たものの、李蟹汰はすでにあと一手で自分が負けることを悟っ
ていた。

 ――しかも、この形、この流れで「永鳴禽」のあとに出され
る一手は――。

 李蟹汰は目を瞑った。次の一手はまさしく八足派秘伝、あの
秘絶技、自分はいまだ放つことかなわぬが、目の前の老人なら
放てるであろう、あの技だ。この体勢では避けることも受ける
ことも不可能。ここがおれの最期か――。

「ここまで!」

 李蟹汰は目を開いた。見れば、老人は莞爾として立っている。

「あれは、門外不出じゃからのう」

 と、恐る恐る見物している観衆を指す。李蟹汰は跪いた。

「どうかご尊名をお教え下さい」

「わしか。わしは、狄地恩じゃよ」

「師伯!」

 李蟹汰は叩頭して無礼を詫びる。狄地恩は李蟹汰の手を取っ
て立ち上がらせた。

「いや、いや。ちょいとおぬしの功夫を試したかっただけじゃ。
ま、わしも大人げなかったがの」

 と、そんな感じで豪傑ごっこをしていた博士と蟹太のところへ、
通子ちゃんが駆けつけた。

「あッお前ら急に武侠づきやがって! さては金庸でも読んだな!
わたしもまぜろ!」

「ウヒイ! 通子ちゃんは本気でぶつからいやじゃ!」



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