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ハイヒール
乗っていた電車が急に止まって、なにごとだろうと思っていると、
「ただいま人身事故が発生しました」という車内アナウンスが流れた。
なかなか電車が動かない。
しばらくすると、自分の立っている窓の下に人が集まってくる。
「ここだここだ」と言いながら、なにかしている。
なにがあるのだろうと思って窓の下を覗こうとすると、
外で作業をしている人が「見ないでください」と言った。
それで気づいた。
この下にいるのだ。
という都市伝説がある。
先週末のぼくは夜の7時半ごろ電車に乗っていて、
その都市伝説を思い出さずに入られなかった。
というのも、電車が急ブレーキをかけて止まったあと、
車内放送があったからだ。
内容は「ただいま人身事故の影響で急ブレーキをかけました」。
ぼくは電車の人身事故に遭遇するのは(電車の中でも外でも)はじめてだった。
ぼくの乗っている電車に事故があったのか、
それとも他の電車の事故の影響で止まったのか、
そこのところを車内放送は明確に教えてくれなかった。
電車が急ブレーキをかけたときにそれらしい衝撃はなかったが、
電車と人の質量差を考えると、それとわかるような衝撃はないのかもしれない。
「お急ぎのところを申し訳ありません。ただいま状況を確認しております」。
都市伝説の中の乾燥していてつっけんどんな放送と違い、
現実の車掌さんは乗客に謝ってくれた。
車両の中は、汗が出るほどの熱と湿気が溜まってきていた。
それからしばらくして、また車内放送があった。
「事故に遭われたかたの安否が確認されました。
 現在、救急隊員がこちらに急行しております」。
車両の中に、ああ、というため息が広まった。
ぼくの斜め前に立っているおばあさんが2、3度深くうなずいた。
そのころあたりから、ぼくの後ろのほうの空気が変わっていたと思う。
空気というと曖昧だけれど、とにかくざわめきの質といったようなものが
なんだか不穏に感じられるものになっていった。
例の都市伝説のことを思い出していたぼくは、後ろを振り向きたくない気持ちだった。
しかし、「人が集まってきたぞ」と言う声が後ろから聞こえるに及んで、
何が起きているのかを確かめなければいけない、という気持ちが勝った。
振り返ると、ぼくのいる車両がちょうど踏み切りのまん前にあるのがわかった。
警報機の交互に光る赤い点滅が、音を出さずに、窓のすぐ手前に迫っていた。
踏み切りを渡ろうと集まっているらしき人たちが、
電車の窓から漏れる光に照らされていくつか浮かび上がって見えた。
その人たちの視線がある一点に向けられているようなので、
ぼくは後ろを振り返るのをやめて、左手に持っている文庫本に目を落とした。
本の内容はなかなか頭に入ってこなかった。
同じ文章を何度も読み返して、それでやっと先に進めるありさまだった。
また、その日のぼくは外出先で完全徹夜をした明けだったのだが
(徹夜というものはなぜか自慢したくなる魔力を秘めている)、
そのせいもあってか、また熱気と湿度のせいか、
頭から血の気が引いていくのがわかった。
やがて、ぼくの背後にいる人が 「ハイヒール履いてるな。若い女だ」と言った。
電車が動き出したのは、急ブレーキをかけてから40分ほどしてからだった。
 


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